Is the world ending?
2020年3月9日月曜日
最近自分がやっていたこと
やるべき勉強、読むべき本があり、弾きたいギターと、学びたい言語(プログラミング言語・自然言語)、作ってみたいアプリがある。急に忙しくなった。やることがあり、むしろ時間の方が足りないという状況だ。ちょっと整理してみよう。
記事がだいぶ長くなってしまったので、ページ内リンクを作って目次を置いた。多分正常に動作してくれるはずだ。
※多分そのうち、このページ内リンクは使えなくなると思います。。色々考えてレイアウトなど丸ごと変更したりして試行錯誤したのですが、自分の頭ではこれが限界でした(ポンコツすぎる)。。
1-1 ビジネスマナー・アティチュード
1-2 基本情報技術者試験(FE)
2. 読むべき本
2-1 『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』
2-2 『LIFE3.0』
3. 弾きたいギター
4. 学びたい言語
4-1 プログラミング言語
4-1-1 Ruby(on Rails)
4-1-2 Java Servlet
4-2 自然言語(スラヴ諸語、特にロシア語)
4-2-1 『スラブ語入門』
4-2-2 ロシア語の勉強について色々
4-2-3 ロシア語と閃き
5. 最後に
ひとつは『仕事の超基本』。
社会人としての基本的なマナーをわかりやすく学べる。実際のところ、この類の本は図解が一番分かりやすいと思う。ひよこ🐣が社会に出るときは必携の一冊。
ちなみにこの本もまだ、一日に数ページずつ読み返している。今は3周目に入った。
これら2冊を頭に入れておけば心強いかもしれないが、読んでいるうちに、自分が社会でちゃんとやっていけるかという余計な心配も同時に生まれてくる。社会人として然るべきマナーやメンタリティを心得て世間で働いているすべてのにわとりさん🐔たちに自然と敬意が湧いてくるが、一口ににわとりさん🐔といっても正直ピンキリかと思うし、それぞれの業界でそのあるべき姿というのも違ってくるので、社会に対して必要以上の恐れを抱くべきではないだろう。頭でっかちになって動けなくなるよりも、実際に当たって砕けていく、つまりトライ&エラーから学んでいくということが新社会人にとって真に求められることなのかもしれない。
最優先しているつもりが、わき道に逸れ、よそ見をし、進捗が良くない。これは改善すべきことで、最もよく結果にコミットすることを最もよくやるという習慣をつけなければいけないことは、現在の課題だ。
だがそれでも一応午前のテキストは既に一周し、今度は二周目として問題演習をしている。
日経BP『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』
Amazonのレビューを見たところ、書き方が甘いなどあまり肯定的ではない評価も散見される一方で、ITエンジニアであれば一読しておくべき本ではありそうだ。
恐らく業界内では超有名な案件で、それに何らかの形で関わった人間はかなりの人数に登るため、それについて少しでも知っておくということは必要だと思う。
これは少し前に買った本になる。
これも少しずつ読み進めているのだが、まだ半分ほどしか読んでいない。定価2,700円はやや高いと思っていたが、これは確かに価値のある本ではありそうだ。
AIが世界を支配する、というSF染みた話が実現するかどうかは別として、AIと我々人類が共存する社会とはどういう社会であるか、という議論には価値がある。事実、AIやロボット工学は日進月歩の進化を続けており、今後(それが具体的にいつになるかは別として)それらが存在感を高めていくことは確かだからだ。
AIロボットが銃を携えて人類を根絶やしにするというハリウッド仕込みのシナリオはあくまでデジタルディストピア論者が好みそうなフィクションであり、AIはそれよりも「スマートに」我々を支配すると考えた方が良い。AIはコンピュータの中で、我々が気付かないうちに我々を支配する、と考えた方がまだ現実的だ。
ともかく、これからの人類のあり方、つまりタイトルの「LIFE3.0」の世界を考える上では必読の一冊だろう。
すべてが新たに新開発され、これまでのヤマハのエレキギターを踏襲しつつ非常にモダンな外観とプレイング・エクスペリエンスを提供してくれるこのギターは、新時代の名器と呼んでも過言ではないだろう。
マホガニー+プレーンメイプルトップのボディに、マホガニー+ローズウッド指板のネックはギブソン・ギターを彷彿とさせるトラディショナルな組成。スチールウール仕上げのボディフィニッシュに、ヘッドトップも同様の塗装が施されているマッチングヘッドのスタイルが統一感をもたらしており、かつコントロールノブやピックアップカバー、ブリッジといったハードウェアにもマットな質感のものが採用されている。チューナーも同様の仕上げとなっており、デザイン面において一切の妥協が見られない。
そして肝心の音に関してこそ、もちろんヤマハの拘りが細部にわたって表現されている。冒頭で「すべてが新たに新開発され」と書いたが、それはピックアップ(エレキギターの音を拾う部分)にもよく当てはまる。この「レヴスター」シリーズに搭載されているピックアップは、ヤマハの音響チーム「YGD」によって新開発されたものであり、かつ、すべてのモデルにそれぞれ最も相応しいものを搭載している。つまりなんと、「レヴスター」シリーズの各モデルで搭載されているピックアップがすべて異なっているのだ。
本器RS502に搭載されているのはP-90タイプのもので、ソープバータイプだ。P-90は実はかなりの伝統を持つピックアップであり、第二次世界大戦後のギブソンによって開発された。(ピンとくるか分からないが、現在ギブソン・レス・ポール・スタンダードのピックアップといえばハムバッカーが定番になっている一方で、ハムバッカー開発の1957年まではずっとP-90が搭載されていたのだ。P-90をよく知るためにはこちら : ギブソンオフィシャルサイト)RS502に搭載されているものはやや出力が強く、基本的にはヴィンテージP-90のサウンドとはやや異なるそれが得られる。割合モダンなサウンドから、ヴィンテージライクなP-90らしい音作りまで可能となっている。また、歪みとの相性も抜群であり、軽い自然な歪みのクランチサウンドは当然、見た目以上に激しい暴れ馬的な歪みまで幅広く対応できるポテンシャルを秘めている。
このような特徴を持つRS502をよりヴァーサタイルにしているのは、本シリーズの特徴とも言える「ドライスイッチ」だ。トーンポットをプルすることでそのスイッチが作動し、低音域をカットすることでより軽やかなサウンドが得られる。要はパッシブのハイパスフィルタだ。このドライスイッチをオンにした印象としては、個人的に「マホガニー材特有の重さから解放された」ような感触だ。そのような小細工がされたギターというのは世間に山ほど存在するが、本器においてそれは「小細工」に留まらない。むしろRS502におけるP-90の魅力を最大限に活かす上で重要なファクターと言えるだろう。ドライスイッチをオンにしても決して音がペラペラになるのではなく、P-90特有の中音域の粘りを残したまま低音をカットするといったトーンシェイプになり、真に実用的なスイッチなのだ。ドライスイッチは決して「おまけ的な機能」ではなく、むしろ本器の重要な魅力のひとつと言える。
長くなってしまったが、RS502の概観はこのような感じだ。
このギターはレスポンスにおいて素直で、ピッキングニュアンスを如実に拾い、ハイクオリティなサウンドを出力してくれる。その優秀且つ多才であるという実力の割に謙虚とも言える外観は、大人しさというよりもむしろ、多くを語らぬ静かな矜持が垣間見えるといった方が正しいだろう。瀟洒なデザインを排し、より「結果にコミットする」ファクターにフォーカスを当てている姿勢からは、豪華絢爛よりも質実剛健、という誇りが窺えるようだ。
見た目の「映え」よりも本質を。レヴスターは現代に生きる我々に、そのようなメッセージを投げかけているのかもしれない。
サウンドサンプルについては現在作成中。
RoRは、これまでアドバンテージとされていたことが他のフレームワーク等に優越されてきていることから斜陽とされているし、また特有の内部の(目に見えない)挙動がややこしいため、RoRのスペシャリストになったところで応用が利かないといったことも指摘されている。
最近インターネットでテクノロジー関連のことを調べていると、RoRをマスターして社内エンジニアになろう、といったプログラミング講座の広告が時折見られるが、どことなく闇を感じてしまう。
ただ、作りたいサービスが明確であり、RoRを活用することがそのサービスにとって最適であるのであれば、起業の足掛かりとしてそれ学ぶのは手っ取り早い手段として優れているだろう。RoRの外から見た挙動はシンプルであるため、一度作業フローに慣れてしまえばページを作っていくのは比較的簡単だからだ。事実、初期のTwitterはRoRで作られていた。
つまり、起業を志すのではなくて、エンジニアとしてRoR専門というのがこれから売りになるかは怪しい、ということだ。
まあ、webデザインにも精通しておりJavaScriptやmySQLといったものに関してもうまく扱えるようになっているのであれば、話は全く別になってくる。正直それらすべてを使いこなせるのであれば、十分IT人材と言えるだろう。ここで言っているのは、あくまでRoRのフレームワークを動かすことだけの専門家になるのはどうなのか、という話だ。
ともかく、RoRは手軽に扱いやすく、それに関する日本語の教材も豊富であるため、使ってみるのはいいかもしれない。
言おうと思っていたのだけれども何となく恥ずかしくて(色んなものに手を出し過ぎていることが)、これまで特にお話ししていなかった。
この本はまだ少ししか読めていないが、スラヴ諸語について言語学的に正確な記述がされており、自分のようなアカデミックな書籍に全幅の信頼を置く人間からするととても良い本だ。
これまで言わずにいてすみません。。
新たな言語を学ぶことは、自分の地平を広げることだと思う。そういえば、中学生の英語の教科書に『New Horizon』というのがあった(自分は『Sunshine』だったけど)。
YouTubeでロシア語のレッスンの動画を観るときは英語を話す講師のものを選んでいるが(日本語で学ぶよりいいかと思って。日本語で教えてくれる動画はそもそも検索していない)、これはロシア語よりもむしろ英語の勉強になっている気がしてならない。
だがYouTubeには良質な教材が大量に転がっている。
そして最近、Learn Russia while sleepingなどという動画があり、それはロシア語の単語やフレーズを数時間にわたって流し続ける(8時間に渡る動画もあった気がする)という正気の沙汰とは思えない内容だが、寝るときに流している。睡眠学習というものを自分は信じていないが、耳や脳がロシア語の雰囲気に慣れる助けになればと思い、睡眠時間を利用して脳に発音を刷り込んでいるという次第だ。
今のところその効果は実感できていないが、ちなみにそれを実践していたところ、先日外国にいる夢を見た。
他にテクノロジーを活用した勉強法を模索していたところ、Excelがあるじゃないかと閃いた。Excelで、自分がこれまで触れた単語をメモしていく。つまり自分だけの辞書を作ってみようという(暇人としか思えない)試みだ。
自分はExcelを殆ど使ったことがないので、ちょうどExcelの勉強にもなる。一石二鳥というわけだ。
ロシア語をキーボードで入力していると、まるで初めてコンピュータを触った人のような気分になる。一つ一つの文字を対照表で確認しながらタイプしていくため、信じられないほど入力が遅い。まだまだ慣れないが、続けていればさすがに覚えると思う。
日常の中で、見たこともないし何て読むのか全く分からない文字を見かけることが、一日に何度あるだろうか。キリル文字は自分にとって完全な非日常だ。それに挑戦してみることで、そういう刺激的な経験ができる。
ユーザがそれぞれ自分で単語帳を簡単に作成できて、かつそれをユーザ間で共有できるというシステムを作ったら面白そうではないか(ただ調べてないけど既にありそうだ)。ユーザによる単語帳作成はできるだけ自由にできるように、基本的なテンプレートは例えば単語とその意味だけに絞り、それ以外の項目を自由にカスタマイズできるようにする、みたいな感じの設計がいいだろう。
「用語集」というものへの需要はあるような気がしている。勉強に関する真面目な単語帳/用語集から、様々な業界の専門用語集、それとかゲームやアニメなどといったエンタメ系のコンテンツにおいても、その世界で独特の使われ方をしている言葉たちがあるはずで、
しかもそうした各方面での独特な使われ方に興味を寄せる層もいるはずだ。
データベース操作のプロになる必要があるが、検索に関しては凝った設計をしなければいけなさそうだ。
ある一つの単語を検索したとき、複数の方面の用語集を参照するようにすれば、単純に面白いし、同じカテゴリ内でも複数を参照することによって情報の精度が上がりそうだ。
既に存在していそうだ(調べてはいない)が、なかなか面白いサービスではないか?と思う。
個人的に有料サービスはあまり好きではない。基本無料で、広告を消すなどの有料オプションを作るとか、アカデミックユーズ・ビジネスユーズに向けたオプションを有料で展開した方が無難に思える。ビジネス向けに活用することも、データベース共有という観点からは可能そうだ。つまり大袈裟に言えば、新たなクラウドサービスの展開を模索できるということだ。
ロシア語の勉強という、暇を持て余したマゾヒストのような試みから、意外にも自分の作ってみたいサービスをなんとなく構想できたのは意外な導きだった。「何かをやってみる」ということの価値はこういうところにあるのかもしれない。
サービスを実際に作って稼働させるかどうかはすべて自分にかかっているが、現段階ではすぐに実行に移すのは難しい。ここまでの項に書いてきたように、やることが山積しているのだ。
ともかく、まずは自分の本当にやるべきことを見極めて行動するということが大切だ。
自分の抱えている課題の中で最もプライオリティが高いのは、間違いなくFEの勉強である。エンジニア云々を語る前に、黙って勉強しろと言われてしまえば、まさにぐうの音も出ない。
とりあえず、今回はかなり長いブログになってしまったが、これを通して自分の思考を整理することもできた。
自分のやるべきことを、目標ベースで定めることが先決だ。目標ありきで行動しなければ、何かを成し遂げるのは難しいだろう。「結果にコミットする」これは流行った言葉でありながら、本当に大切なメンタリティである。
記事がだいぶ長くなってしまったので、ページ内リンクを作って目次を置いた。多分正常に動作してくれるはずだ。
※多分そのうち、このページ内リンクは使えなくなると思います。。色々考えてレイアウトなど丸ごと変更したりして試行錯誤したのですが、自分の頭ではこれが限界でした(ポンコツすぎる)。。
- contents -
1. やるべき勉強1-1 ビジネスマナー・アティチュード
1-2 基本情報技術者試験(FE)
2. 読むべき本
2-1 『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』
2-2 『LIFE3.0』
3. 弾きたいギター
4. 学びたい言語
4-1 プログラミング言語
4-1-1 Ruby(on Rails)
4-1-2 Java Servlet
4-2 自然言語(スラヴ諸語、特にロシア語)
4-2-1 『スラブ語入門』
4-2-2 ロシア語の勉強について色々
4-2-3 ロシア語と閃き
5. 最後に
1. やるべき勉強
1-1 ビジネスマナー・アティチュード
先日Amazonから本が届いた。ひとつは『仕事の超基本』。
社会人としての基本的なマナーをわかりやすく学べる。実際のところ、この類の本は図解が一番分かりやすいと思う。ひよこ🐣が社会に出るときは必携の一冊。
ちなみにこの本もまだ、一日に数ページずつ読み返している。今は3周目に入った。
これら2冊を頭に入れておけば心強いかもしれないが、読んでいるうちに、自分が社会でちゃんとやっていけるかという余計な心配も同時に生まれてくる。社会人として然るべきマナーやメンタリティを心得て世間で働いているすべてのにわとりさん🐔たちに自然と敬意が湧いてくるが、一口ににわとりさん🐔といっても正直ピンキリかと思うし、それぞれの業界でそのあるべき姿というのも違ってくるので、社会に対して必要以上の恐れを抱くべきではないだろう。頭でっかちになって動けなくなるよりも、実際に当たって砕けていく、つまりトライ&エラーから学んでいくということが新社会人にとって真に求められることなのかもしれない。
1-2 基本情報技術者試験(FE)
これは今一番にやらなければいけないことかもしれない。最優先しているつもりが、わき道に逸れ、よそ見をし、進捗が良くない。これは改善すべきことで、最もよく結果にコミットすることを最もよくやるという習慣をつけなければいけないことは、現在の課題だ。
だがそれでも一応午前のテキストは既に一周し、今度は二周目として問題演習をしている。
2. 読むべき本
2-1 『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』
先日Amazonから届いた別の本がこれだ。日経BP『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』
Amazonのレビューを見たところ、書き方が甘いなどあまり肯定的ではない評価も散見される一方で、ITエンジニアであれば一読しておくべき本ではありそうだ。
恐らく業界内では超有名な案件で、それに何らかの形で関わった人間はかなりの人数に登るため、それについて少しでも知っておくということは必要だと思う。
2-2 『LIFE3.0』
これは少し前に買った本になる。
これも少しずつ読み進めているのだが、まだ半分ほどしか読んでいない。定価2,700円はやや高いと思っていたが、これは確かに価値のある本ではありそうだ。
AIが世界を支配する、というSF染みた話が実現するかどうかは別として、AIと我々人類が共存する社会とはどういう社会であるか、という議論には価値がある。事実、AIやロボット工学は日進月歩の進化を続けており、今後(それが具体的にいつになるかは別として)それらが存在感を高めていくことは確かだからだ。
AIロボットが銃を携えて人類を根絶やしにするというハリウッド仕込みのシナリオはあくまでデジタルディストピア論者が好みそうなフィクションであり、AIはそれよりも「スマートに」我々を支配すると考えた方が良い。AIはコンピュータの中で、我々が気付かないうちに我々を支配する、と考えた方がまだ現実的だ。
ともかく、これからの人類のあり方、つまりタイトルの「LIFE3.0」の世界を考える上では必読の一冊だろう。
3. 弾きたいギター
先日ついに受け取ったギター、Yamaha Revstar RS502。すべてが新たに新開発され、これまでのヤマハのエレキギターを踏襲しつつ非常にモダンな外観とプレイング・エクスペリエンスを提供してくれるこのギターは、新時代の名器と呼んでも過言ではないだろう。
マホガニー+プレーンメイプルトップのボディに、マホガニー+ローズウッド指板のネックはギブソン・ギターを彷彿とさせるトラディショナルな組成。スチールウール仕上げのボディフィニッシュに、ヘッドトップも同様の塗装が施されているマッチングヘッドのスタイルが統一感をもたらしており、かつコントロールノブやピックアップカバー、ブリッジといったハードウェアにもマットな質感のものが採用されている。チューナーも同様の仕上げとなっており、デザイン面において一切の妥協が見られない。
そして肝心の音に関してこそ、もちろんヤマハの拘りが細部にわたって表現されている。冒頭で「すべてが新たに新開発され」と書いたが、それはピックアップ(エレキギターの音を拾う部分)にもよく当てはまる。この「レヴスター」シリーズに搭載されているピックアップは、ヤマハの音響チーム「YGD」によって新開発されたものであり、かつ、すべてのモデルにそれぞれ最も相応しいものを搭載している。つまりなんと、「レヴスター」シリーズの各モデルで搭載されているピックアップがすべて異なっているのだ。
本器RS502に搭載されているのはP-90タイプのもので、ソープバータイプだ。P-90は実はかなりの伝統を持つピックアップであり、第二次世界大戦後のギブソンによって開発された。(ピンとくるか分からないが、現在ギブソン・レス・ポール・スタンダードのピックアップといえばハムバッカーが定番になっている一方で、ハムバッカー開発の1957年まではずっとP-90が搭載されていたのだ。P-90をよく知るためにはこちら : ギブソンオフィシャルサイト)RS502に搭載されているものはやや出力が強く、基本的にはヴィンテージP-90のサウンドとはやや異なるそれが得られる。割合モダンなサウンドから、ヴィンテージライクなP-90らしい音作りまで可能となっている。また、歪みとの相性も抜群であり、軽い自然な歪みのクランチサウンドは当然、見た目以上に激しい暴れ馬的な歪みまで幅広く対応できるポテンシャルを秘めている。
このような特徴を持つRS502をよりヴァーサタイルにしているのは、本シリーズの特徴とも言える「ドライスイッチ」だ。トーンポットをプルすることでそのスイッチが作動し、低音域をカットすることでより軽やかなサウンドが得られる。要はパッシブのハイパスフィルタだ。このドライスイッチをオンにした印象としては、個人的に「マホガニー材特有の重さから解放された」ような感触だ。そのような小細工がされたギターというのは世間に山ほど存在するが、本器においてそれは「小細工」に留まらない。むしろRS502におけるP-90の魅力を最大限に活かす上で重要なファクターと言えるだろう。ドライスイッチをオンにしても決して音がペラペラになるのではなく、P-90特有の中音域の粘りを残したまま低音をカットするといったトーンシェイプになり、真に実用的なスイッチなのだ。ドライスイッチは決して「おまけ的な機能」ではなく、むしろ本器の重要な魅力のひとつと言える。
左がドライスイッチオフ、右がオンの状態。
長くなってしまったが、RS502の概観はこのような感じだ。
このギターはレスポンスにおいて素直で、ピッキングニュアンスを如実に拾い、ハイクオリティなサウンドを出力してくれる。その優秀且つ多才であるという実力の割に謙虚とも言える外観は、大人しさというよりもむしろ、多くを語らぬ静かな矜持が垣間見えるといった方が正しいだろう。瀟洒なデザインを排し、より「結果にコミットする」ファクターにフォーカスを当てている姿勢からは、豪華絢爛よりも質実剛健、という誇りが窺えるようだ。
見た目の「映え」よりも本質を。レヴスターは現代に生きる我々に、そのようなメッセージを投げかけているのかもしれない。
サウンドサンプルについては現在作成中。
4. 学びたい言語
4-1 プログラミング言語
4-1-1 Ruby(on Rails)
ProgateでRuby on Railsの演習をすべて終えてみると、実際に自分でコンテンツを作ってみたいという気がしてきた。Ruby on Rails(以下RoR)は、主にプログラミング言語Rubyを応用して簡単にwebサイト・アプリを作るためのフレームワークだ。勿論、webサイトの外観を作る上ではHTMLとCSSの知識が必要であるし、JavaScriptを使うことも可能だ。また、データベース操作に関してはSQLの知識が必要になる。だがそれらはweb開発を行う上では必ず求められるものであるため、RoRに限った話ではない。RoRは、これまでアドバンテージとされていたことが他のフレームワーク等に優越されてきていることから斜陽とされているし、また特有の内部の(目に見えない)挙動がややこしいため、RoRのスペシャリストになったところで応用が利かないといったことも指摘されている。
最近インターネットでテクノロジー関連のことを調べていると、RoRをマスターして社内エンジニアになろう、といったプログラミング講座の広告が時折見られるが、どことなく闇を感じてしまう。
ただ、作りたいサービスが明確であり、RoRを活用することがそのサービスにとって最適であるのであれば、起業の足掛かりとしてそれ学ぶのは手っ取り早い手段として優れているだろう。RoRの外から見た挙動はシンプルであるため、一度作業フローに慣れてしまえばページを作っていくのは比較的簡単だからだ。事実、初期のTwitterはRoRで作られていた。
つまり、起業を志すのではなくて、エンジニアとしてRoR専門というのがこれから売りになるかは怪しい、ということだ。
まあ、webデザインにも精通しておりJavaScriptやmySQLといったものに関してもうまく扱えるようになっているのであれば、話は全く別になってくる。正直それらすべてを使いこなせるのであれば、十分IT人材と言えるだろう。ここで言っているのは、あくまでRoRのフレームワークを動かすことだけの専門家になるのはどうなのか、という話だ。
ともかく、RoRは手軽に扱いやすく、それに関する日本語の教材も豊富であるため、使ってみるのはいいかもしれない。
4-1-2 Java Servlet
これは恐らく勉強しなければいけない。というかもっと早い段階でサーブレットに手をまわしておくべきだった。正直Ruby on Railsよりそっちをやるべきであるようにさえ感じている。自分は何をやっているんだ、と最近感じていることの一つ。
4-2 自然言語(スラヴ諸語、特にロシア語)
4-2-1 『スラブ語入門』
これまでお話ししていなかったが、実はAmazonでこんな本を買っていた。。
三谷恵子『スラヴ語入門』
言おうと思っていたのだけれども何となく恥ずかしくて(色んなものに手を出し過ぎていることが)、これまで特にお話ししていなかった。
この本はまだ少ししか読めていないが、スラヴ諸語について言語学的に正確な記述がされており、自分のようなアカデミックな書籍に全幅の信頼を置く人間からするととても良い本だ。
これまで言わずにいてすみません。。
4-2-2 ロシア語の勉強について色々
子供は金づちを持つとすべてが釘に見える、という英語のことわざがあるらしいが(前にも言ったかもしれない)、金づちの使い方を学ぶ最善の方法は結局それを使うことなのだと思う。だから自分は学んだことをなるべく「使う」ようにしたいのだ。新たな言語を学ぶことは、自分の地平を広げることだと思う。そういえば、中学生の英語の教科書に『New Horizon』というのがあった(自分は『Sunshine』だったけど)。
YouTubeでロシア語のレッスンの動画を観るときは英語を話す講師のものを選んでいるが(日本語で学ぶよりいいかと思って。日本語で教えてくれる動画はそもそも検索していない)、これはロシア語よりもむしろ英語の勉強になっている気がしてならない。
だがYouTubeには良質な教材が大量に転がっている。
そして最近、Learn Russia while sleepingなどという動画があり、それはロシア語の単語やフレーズを数時間にわたって流し続ける(8時間に渡る動画もあった気がする)という正気の沙汰とは思えない内容だが、寝るときに流している。睡眠学習というものを自分は信じていないが、耳や脳がロシア語の雰囲気に慣れる助けになればと思い、睡眠時間を利用して脳に発音を刷り込んでいるという次第だ。
今のところその効果は実感できていないが、ちなみにそれを実践していたところ、先日外国にいる夢を見た。
他にテクノロジーを活用した勉強法を模索していたところ、Excelがあるじゃないかと閃いた。Excelで、自分がこれまで触れた単語をメモしていく。つまり自分だけの辞書を作ってみようという(暇人としか思えない)試みだ。
自分はExcelを殆ど使ったことがないので、ちょうどExcelの勉強にもなる。一石二鳥というわけだ。
作成したデータベースの様子
ロシア語をキーボードで入力していると、まるで初めてコンピュータを触った人のような気分になる。一つ一つの文字を対照表で確認しながらタイプしていくため、信じられないほど入力が遅い。まだまだ慣れないが、続けていればさすがに覚えると思う。
インターネット上で拾った画像をプリントして手元に置いている。
日常の中で、見たこともないし何て読むのか全く分からない文字を見かけることが、一日に何度あるだろうか。キリル文字は自分にとって完全な非日常だ。それに挑戦してみることで、そういう刺激的な経験ができる。
4-2-3 ロシア語と閃き
慣れないExcelと格闘しながらロシア語を勉強していると、アイデアが頭に浮かんだ:Ruby on Railsを使って、辞書(単語帳)を共有するサービスを作ったら面白いのではないか?漠然と考えてみるに、基本的な設計は単純そうだし、データベース操作についてかなり勉強になりそうだ。
!🐣.o(💡)
ユーザがそれぞれ自分で単語帳を簡単に作成できて、かつそれをユーザ間で共有できるというシステムを作ったら面白そうではないか(ただ調べてないけど既にありそうだ)。ユーザによる単語帳作成はできるだけ自由にできるように、基本的なテンプレートは例えば単語とその意味だけに絞り、それ以外の項目を自由にカスタマイズできるようにする、みたいな感じの設計がいいだろう。
「用語集」というものへの需要はあるような気がしている。勉強に関する真面目な単語帳/用語集から、様々な業界の専門用語集、それとかゲームやアニメなどといったエンタメ系のコンテンツにおいても、その世界で独特の使われ方をしている言葉たちがあるはずで、
しかもそうした各方面での独特な使われ方に興味を寄せる層もいるはずだ。
データベース操作のプロになる必要があるが、検索に関しては凝った設計をしなければいけなさそうだ。
ある一つの単語を検索したとき、複数の方面の用語集を参照するようにすれば、単純に面白いし、同じカテゴリ内でも複数を参照することによって情報の精度が上がりそうだ。
既に存在していそうだ(調べてはいない)が、なかなか面白いサービスではないか?と思う。
個人的に有料サービスはあまり好きではない。基本無料で、広告を消すなどの有料オプションを作るとか、アカデミックユーズ・ビジネスユーズに向けたオプションを有料で展開した方が無難に思える。ビジネス向けに活用することも、データベース共有という観点からは可能そうだ。つまり大袈裟に言えば、新たなクラウドサービスの展開を模索できるということだ。
ロシア語の勉強という、暇を持て余したマゾヒストのような試みから、意外にも自分の作ってみたいサービスをなんとなく構想できたのは意外な導きだった。「何かをやってみる」ということの価値はこういうところにあるのかもしれない。
サービスを実際に作って稼働させるかどうかはすべて自分にかかっているが、現段階ではすぐに実行に移すのは難しい。ここまでの項に書いてきたように、やることが山積しているのだ。
5. 最後に
最近はこれまで書いてきたような活動をしている。ともかく、まずは自分の本当にやるべきことを見極めて行動するということが大切だ。
自分の抱えている課題の中で最もプライオリティが高いのは、間違いなくFEの勉強である。エンジニア云々を語る前に、黙って勉強しろと言われてしまえば、まさにぐうの音も出ない。
とりあえず、今回はかなり長いブログになってしまったが、これを通して自分の思考を整理することもできた。
自分のやるべきことを、目標ベースで定めることが先決だ。目標ありきで行動しなければ、何かを成し遂げるのは難しいだろう。「結果にコミットする」これは流行った言葉でありながら、本当に大切なメンタリティである。
2020年3月2日月曜日
Привет, Россия.
※2020年3月8日更新
Сегодня я хочу поговорить о моей любимой музыке.
(Today I want to talk about my favorite music.)
(今日は好きな音楽について話そうと思います)
Я никогда не говорил, но на самом деле я могу говорить по-русски.
(I've never said, but in actually I can speak Russian.)
(これまで言ってませんでしたが、実はロシア語が話せるんです)
На самом деле я эпическая русскоговорящая.
(In fact, I'm an epic Russian speaker.)
(実際のところ、私はかなりのロシア語話者です)
Гугл-перевод? Я никогда не слышал об этом.
(Google Translation? I've never heard of it.)
(グーグル翻訳?そんなの聞いたことないな)
茶番はさておき…
最近聴いているロシアのポスト・パンク・リバイバルについて少し書こうと思います。
ロシアのポスト・パンク・リバイバルに出会ったのは、この動画のシリーズでした。
このような動画で音楽を聴いているうちに、それらの音楽に魅力を感じました。
いや、ファーストインプレッションで既に、とてもいい音楽だと思いました。
その動画シリーズで出会ったものや、それを基に検索して見つけた他の良いバンドを、少し紹介してみます。
(※この記事では動画をたくさん貼っていますが、もちろん全部聴かなくて大丈夫です!💦 時間を持て余して、気が向いたら何個かクリックしてみてね)
1. Черниковская Хата (Chernikovskaya Hata)
このバンド名はどうやら「チェルニコフスカヤ・ハタ」と読み、「チェルニコフスカヤの小屋」というような意味らしいです。
2. Дурной Вкус (Durnoi Vkus)
このバンド名はどうやら「ドゥルノイ・ヴクス」と読み、意味は「Bad Taste」のようです(でもだからと言って「悪い味」という意味だとするのは何だか違和感がありますね)。
3. БУЕРАК (BUERAK)
このバンド名の意味は分かりませんでした。とりあえずブエラク、と読むらしいです。
ちなみにグーグル翻訳ではロシア語ではなくセルビア語と自動認識されました。
他にはこのような曲があります。Buerakはなかなか良いバンドです。
4. Молчат Дома (Molchat Doma)
このバンド名は「モルチャッ・ドマ」という風に発音し、「Silent at Home」という意味だそうです(コロナウイルスのせいで家にいることが多いこの時期にある意味ぴったりのバンド名?)。ベラルーシのバンドで、主にヨーロッパ圏で活動している様子。ヨーロッパツアーの他、YouTubeのコメント欄から推測するにアメリカでもライブを行うなど、各国で人気を博しているようです。
この動画はフルアルバムです。アルバム名のЭтажиは「Floors」という意味だそうで、なるほどジャケットの写真からしてもfloorsという意味でなるほどという感じです。
このアルバムの雰囲気は、全体として、このジャンルがどういうものであるかをよく体現しているように思えます。良いアルバムです。
このバンドも良曲を多数生み出しています。
5. Где Фантом?
このバンド名は「グデ・ファントム」のように発音し(最初のgの音はかなり短く発音されるようです)、「Where is the phantom?」という意味だそう。
phantomというのは幽霊や幻といった意味ですが、何となく調べてみると、物理学で「放射線の人体影響を見積もるための人体模型もファントムという」(Wikipedia)そうで、良いバンド名を付けたなあと思いました。
この曲はЯ тебя люблюという曲で、意味は「I love you」だそう。「ヤ・チビャ・ユビュユウ」のように発音するようです。このフレーズは他の言語と比較しやすいですが、なんだかロシア語って難しい(日本語が言えたことではないかもしれないけれど)。。
この曲はとてもいい雰囲気で、コメント欄に歌詞を英訳した人がいるようですが、曲の雰囲気の通りのような内容です。
だいたいこんなところでしょうか。
ちなみにこれはランキングではなく、単に自分の思い付いた順に挙げて行っただけです。
ここに載せた5バンドはどれも気に入っています。
こんな曲ばかり聴いていると、ロシア語(というよりスラブ語、そしてキリル文字を使うその他の言語)を学びたくなってしまいます。
ちなみにとあるサイトのランキングによれば、ロシア語習得にかかる時間が約1100時間(44週)であるのに対し、日本語はなんと約2200時間(88週)。。しかもそのサイトによれば、英語のネイティブスピーカーにとって日本語を習得するのはそれ以上かかる(もっとちゃんと説明すると、同程度の難易度とランク付けられるアラビア語・広東語・韓国語よりも難しい)とか。
つまり、ロシア語より日本語の方が余程難しいわけです。そのサイトでは、ランクづけられている言語のうち日本語が最も難しい言語ということになると解釈できます(もっとも、英語のネイティブスピーカーを基準としたランク付けと思われますが)。
最近は専らプログラミング言語ばかり勉強していましたが、また自然言語を勉強してみたくなった次第でした。
Сегодня я хочу поговорить о моей любимой музыке.
(Today I want to talk about my favorite music.)
(今日は好きな音楽について話そうと思います)
Я никогда не говорил, но на самом деле я могу говорить по-русски.
(I've never said, but in actually I can speak Russian.)
(これまで言ってませんでしたが、実はロシア語が話せるんです)
На самом деле я эпическая русскоговорящая.
(In fact, I'm an epic Russian speaker.)
(実際のところ、私はかなりのロシア語話者です)
Гугл-перевод? Я никогда не слышал об этом.
(Google Translation? I've never heard of it.)
(グーグル翻訳?そんなの聞いたことないな)
茶番はさておき…
最近聴いているロシアのポスト・パンク・リバイバルについて少し書こうと思います。
ロシアのポスト・パンク・リバイバルに出会ったのは、この動画のシリーズでした。
このような動画で音楽を聴いているうちに、それらの音楽に魅力を感じました。
いや、ファーストインプレッションで既に、とてもいい音楽だと思いました。
その動画シリーズで出会ったものや、それを基に検索して見つけた他の良いバンドを、少し紹介してみます。
(※この記事では動画をたくさん貼っていますが、もちろん全部聴かなくて大丈夫です!💦 時間を持て余して、気が向いたら何個かクリックしてみてね)
1. Черниковская Хата (Chernikovskaya Hata)
このバンド名はどうやら「チェルニコフスカヤ・ハタ」と読み、「チェルニコフスカヤの小屋」というような意味らしいです。
черниковская хата - ночное рандеву
これはночное рандеву(Nochnoe Randevu)という曲で、Night Rendevous、つまり邦題を当てるとすれば「夜のランデヴー」といった感じになるのだろうと思います。
2. Дурной Вкус (Durnoi Vkus)
このバンド名はどうやら「ドゥルノイ・ヴクス」と読み、意味は「Bad Taste」のようです(でもだからと言って「悪い味」という意味だとするのは何だか違和感がありますね)。
Дурной Вкус - Пластинки
これはПластинки(Plastinki)という曲で、Records、つまりレコードという意味になるようです(ジャケットの絵からしても、アナログ盤という意味でのレコードであっているのではないかと思います)。
このバンド名の意味は分かりませんでした。とりあえずブエラク、と読むらしいです。
ちなみにグーグル翻訳ではロシア語ではなくセルビア語と自動認識されました。
БУЕРАК - Страсть к Курению
この曲はСтрасть к Курениюという曲で、「Passion for Smoking」という意味のようです。
これはPVも音楽も非常にシンプルながら、多くを語っているような気がします。
個人的には煙草を咥えながら、黒いフェンダー・テレキャスターを弾いているシーンの雰囲気がいいなと思いました。
Спортивные Очки(en: Sports Glass)
4. Молчат Дома (Molchat Doma)
このバンド名は「モルチャッ・ドマ」という風に発音し、「Silent at Home」という意味だそうです(コロナウイルスのせいで家にいることが多いこの時期にある意味ぴったりのバンド名?)。ベラルーシのバンドで、主にヨーロッパ圏で活動している様子。ヨーロッパツアーの他、YouTubeのコメント欄から推測するにアメリカでもライブを行うなど、各国で人気を博しているようです。
Молчат Дома - Этажи
この動画はフルアルバムです。アルバム名のЭтажиは「Floors」という意味だそうで、なるほどジャケットの写真からしてもfloorsという意味でなるほどという感じです。
このアルバムの雰囲気は、全体として、このジャンルがどういうものであるかをよく体現しているように思えます。良いアルバムです。
このバンドも良曲を多数生み出しています。
Молчат Дома - С крыш наших домов
5. Где Фантом?
このバンド名は「グデ・ファントム」のように発音し(最初のgの音はかなり短く発音されるようです)、「Where is the phantom?」という意味だそう。
phantomというのは幽霊や幻といった意味ですが、何となく調べてみると、物理学で「放射線の人体影響を見積もるための人体模型もファントムという」(Wikipedia)そうで、良いバンド名を付けたなあと思いました。
Где Фантом? - Я тебя люблю
この曲はЯ тебя люблюという曲で、意味は「I love you」だそう。「ヤ・チビャ・ユビュユウ」のように発音するようです。このフレーズは他の言語と比較しやすいですが、なんだかロシア語って難しい(日本語が言えたことではないかもしれないけれど)。。
この曲はとてもいい雰囲気で、コメント欄に歌詞を英訳した人がいるようですが、曲の雰囲気の通りのような内容です。
だいたいこんなところでしょうか。
ちなみにこれはランキングではなく、単に自分の思い付いた順に挙げて行っただけです。
ここに載せた5バンドはどれも気に入っています。
こんな曲ばかり聴いていると、ロシア語(というよりスラブ語、そしてキリル文字を使うその他の言語)を学びたくなってしまいます。
ちなみにとあるサイトのランキングによれば、ロシア語習得にかかる時間が約1100時間(44週)であるのに対し、日本語はなんと約2200時間(88週)。。しかもそのサイトによれば、英語のネイティブスピーカーにとって日本語を習得するのはそれ以上かかる(もっとちゃんと説明すると、同程度の難易度とランク付けられるアラビア語・広東語・韓国語よりも難しい)とか。
つまり、ロシア語より日本語の方が余程難しいわけです。そのサイトでは、ランクづけられている言語のうち日本語が最も難しい言語ということになると解釈できます(もっとも、英語のネイティブスピーカーを基準としたランク付けと思われますが)。
最近は専らプログラミング言語ばかり勉強していましたが、また自然言語を勉強してみたくなった次第でした。
Так что, думаю, я проведу время в глубоком море России ...
(So, I think I'll spend my time in the deep sea of Russia...)
(So, I think I'll spend my time in the deep sea of Russia...)
2020年2月28日金曜日
Hello GitHub. pt 2
GitHubのサイトを更新しました。
(不完全ながら)レスポンシブデザインに対応したトップページを作ったので、前回投稿したページのURLを変えました。
今回作ったトップページは、スマートフォンでの表示と、PCでの表示が別物になっています(URL自体は共通です)。
→https://k-tah.github.io/shiny-couscous/top.html
ちなみにPCでアクセスするとこんな感じになります。
「contents」(スマホ版では画像のサイズが合っていないと思います✖)を押すと、前回つくったページに飛ぶようになっています。
「bio」「coming soon」は押しても特に何もありません(一応押すことはできます)。
今回はようやくレスポンシブデザインをそれっぽく適用できるようになった(つもりでいる)ので、つくってみた次第です。
(不完全ながら)レスポンシブデザインに対応したトップページを作ったので、前回投稿したページのURLを変えました。
今回作ったトップページは、スマートフォンでの表示と、PCでの表示が別物になっています(URL自体は共通です)。
→https://k-tah.github.io/shiny-couscous/top.html
ちなみにPCでアクセスするとこんな感じになります。
※Google Chromeでの画面
「bio」「coming soon」は押しても特に何もありません(一応押すことはできます)。
今回はようやくレスポンシブデザインをそれっぽく適用できるようになった(つもりでいる)ので、つくってみた次第です。
2020年2月14日金曜日
Hello GitHub.
ちょっと試しに軽くウェブサイトっぽいのを作って、GitHubに上げてみました。。
ピミさんはおそらくiPhoneで見ているのではないかと思いますが、実はそれが問題でして、
自分のiPhone7のSafariだとCSSが適用されない(つまり、自分の意図したデザインが反映されない)という致命的な問題が起きてしまっています。。
でも、Google Chromeで開くとちゃんとした画面になるようなので、もしかしたらピミさんもSafariだとうまいこといかないかもしれません…その時はすみません。。
元からあまり良い感じのページではないので、あまり気にしなくて大丈夫です。。笑
技術力が圧倒的に不足しています。。
ちなみにパソコン版でもうまいこといってません。。笑
結構ブラウザに依存するようで、Internet Explorer及びMicrosoft Edgeでは同様に「まあまあ」の感じ(特にフォントとか余白の感じが上手いこといっていない)になっています。
推奨ブラウザはPCでもスマホでも、Google Chromeです。
クロームさんが一番うまいこといきます。
ともかくこんな感じになりました。iPod touchのSafariでは一応ちゃんと表示できたので、Safariでも希望がないわけではありません。
https://k-tah.github.io/shiny- couscous/top.html
ピミさんのデバイスで上手い事行っていることを祈ります。
このサイトは訪れて頂ければ分かる通り、このブログ風に作ったのですが、
更新した旨をこちらから言わない限り更新しないので、
いつもチェックして頂かなくて大丈夫です。
技術的な欠陥のせいで、まだ良い感じのブログにできないのです。。
そして、仮にピミさんのデバイスで上のURLのサイトがうまいこと表示されたとしても、
文字の小ささにびっくりすると思います。
これは、画面幅だけがスマホの画面サイズに対応しつつも、文字サイズがPC版と同じ比率になってしまっているせいです。。
まあ要はスマホ版サイトが良い感じにできていないわけです。
こういうPCとかスマホとかそれぞれの画面幅に合わせたデザインのことをHTMLの世界では「レスポンシブデザイン」というのですが、
自分はまだポンコツすぎてレスポンシブデザインを良い感じに適用できていないということです。。
世界中の開発者を本当にすごいなと思います。。
「良い感じ」とか「うまいこといく」とか漠然とした表現を使ってますが、実際良い感じにするのは意外と骨が折れます。
自分のような初心者にとっては、コードを書き換えては画面を更新し、という作業を繰り返していくわけです(もっとも、Chromeの「検証」という機能がとても便利で、自分もそれを使ってシミュレートしているので実際のところその辺りはだいぶ楽です)。
ですが今時のHTMLはとてもよくできているので、正直昔に比べたら遥かに簡単に「良い感じ」のサイトを作れます。自分のようなピヨでさえ簡単にレスポンシブデザインだのなんだのと口走れるようになっています(くちばしθだけに)。
今時のHTMLは本当に楽になっています。面倒なことをしなくてもコンピュータとかサーバとか、機械の方で「良い感じ」にしてくれます。
だから正直、そういう良くできた言語を使って何かを開発しても、それは確かに開発者であるけれども、それを使えるだけでは、ある種のユーザに過ぎないような気もしてしまったりします(自分の現段階のレベルでは決してそんなこと言えないけれども)。まあ確かに、道具が便利であるに越した事はないし、便利な道具を使ってものを作っても、それはその人の作品であることには変わりないのですが。べらぼうに高機能な金づちを使って建てた家だって、別に金づち職人のものではありません。。
まあつまり今の時代になってこの程度で頭を抱える自分は相当なポンコツという訳です。こんなようでは「みんなが簡単に良い感じのサイトを作れるようにしよう」と頑張ってくれている人の苦労が報われませんね。。笑
思いの外、この記事が長くなってしまってすみません。
ピミさんはおそらくiPhoneで見ているのではないかと思いますが、実はそれが問題でして、
自分のiPhone7のSafariだとCSSが適用されない(つまり、自分の意図したデザインが反映されない)という致命的な問題が起きてしまっています。。
でも、Google Chromeで開くとちゃんとした画面になるようなので、もしかしたらピミさんもSafariだとうまいこといかないかもしれません…その時はすみません。。
元からあまり良い感じのページではないので、あまり気にしなくて大丈夫です。。笑
技術力が圧倒的に不足しています。。
ちなみにパソコン版でもうまいこといってません。。笑
結構ブラウザに依存するようで、Internet Explorer及びMicrosoft Edgeでは同様に「まあまあ」の感じ(特にフォントとか余白の感じが上手いこといっていない)になっています。
推奨ブラウザはPCでもスマホでも、Google Chromeです。
クロームさんが一番うまいこといきます。
ともかくこんな感じになりました。iPod touchのSafariでは一応ちゃんと表示できたので、Safariでも希望がないわけではありません。
https://k-tah.github.io/shiny-
ピミさんのデバイスで上手い事行っていることを祈ります。
このサイトは訪れて頂ければ分かる通り、このブログ風に作ったのですが、
更新した旨をこちらから言わない限り更新しないので、
いつもチェックして頂かなくて大丈夫です。
技術的な欠陥のせいで、まだ良い感じのブログにできないのです。。
そして、仮にピミさんのデバイスで上のURLのサイトがうまいこと表示されたとしても、
文字の小ささにびっくりすると思います。
これは、画面幅だけがスマホの画面サイズに対応しつつも、文字サイズがPC版と同じ比率になってしまっているせいです。。
まあ要はスマホ版サイトが良い感じにできていないわけです。
こういうPCとかスマホとかそれぞれの画面幅に合わせたデザインのことをHTMLの世界では「レスポンシブデザイン」というのですが、
自分はまだポンコツすぎてレスポンシブデザインを良い感じに適用できていないということです。。
💻🐣?.o(ひよこだからわからない)
世界中の開発者を本当にすごいなと思います。。
「良い感じ」とか「うまいこといく」とか漠然とした表現を使ってますが、実際良い感じにするのは意外と骨が折れます。
自分のような初心者にとっては、コードを書き換えては画面を更新し、という作業を繰り返していくわけです(もっとも、Chromeの「検証」という機能がとても便利で、自分もそれを使ってシミュレートしているので実際のところその辺りはだいぶ楽です)。
ですが今時のHTMLはとてもよくできているので、正直昔に比べたら遥かに簡単に「良い感じ」のサイトを作れます。自分のようなピヨでさえ簡単にレスポンシブデザインだのなんだのと口走れるようになっています(くちばしθだけに)。
今時のHTMLは本当に楽になっています。面倒なことをしなくてもコンピュータとかサーバとか、機械の方で「良い感じ」にしてくれます。
だから正直、そういう良くできた言語を使って何かを開発しても、それは確かに開発者であるけれども、それを使えるだけでは、ある種のユーザに過ぎないような気もしてしまったりします(自分の現段階のレベルでは決してそんなこと言えないけれども)。まあ確かに、道具が便利であるに越した事はないし、便利な道具を使ってものを作っても、それはその人の作品であることには変わりないのですが。べらぼうに高機能な金づちを使って建てた家だって、別に金づち職人のものではありません。。
まあつまり今の時代になってこの程度で頭を抱える自分は相当なポンコツという訳です。こんなようでは「みんなが簡単に良い感じのサイトを作れるようにしよう」と頑張ってくれている人の苦労が報われませんね。。笑
※拾い画像
2020年1月30日木曜日
弦交換ビフォーアフター
どこに投稿するわけでもないけれど、弦を交換する前後で録音して音の比較動画を作ってみました。
もともとはiRigで録音しつつちゃんと撮影できるかを試してみたかったので緩く始めたのですが、演奏しているうちにやっぱりちゃんとした動画にしようと思っていたところ、
パソコンに取り込んでみると常識の範囲を優に超える音ズレが生じていたし、そもそもあまり上手く弾けてもいないので結局ネタ動画になりました。笑
音質も良くないので、音の比較なんてとてもできそうにないです。。
音ズレの原因は何となく分かっているので、もし次撮ることがあれば改善したいです。。
2020年1月27日月曜日
パーソナル・アフェア
※テスト前なのでこのブログは読まなくても大丈夫です。。暇なときに読んでください💦
バイトから帰って、サラミを切るのが自分の楽しみであることは前にも書いたけれど、今日はそれに加えてもう一つ、"ゲスト"がいる。
カマンベールチーズだ。丸い、ホールのカマンベールチーズを散歩のおつかいのついでに買ってきた。頼まれていたわけでは全くない。お菓子を買い物カゴにこっそり忍ばせる子供のように、僕は「広告の品」と銘打たれたその品――雪印北海道100カマンベールチーズーーを徐に手に取り、カゴに追加していた。
サラミとカマンベールチーズを適当に切り、皿に盛る。
ただ"切る"だけで、出来すぎたプレートが完成した。
もっと洒落た皿が欲しいな、なんて思ってしまうような、個人的には満足のいく一皿だ。
画像のチーズをよく見て頂ければ、あるいはよく見なくとも分かるかもしれないが、写真を撮った時点で既にチーズを一口齧ってしまっている。チーズを切った時点で、久しぶりにカマンベールを味わいたくてついうっかり。『トムとジェリー』のジェリーのように悪気もなく。
ビールが発泡酒ではなく、本物のビールであったらもっと良かったのだが、生憎本物を切らしている。いずれにせよクリアアサヒは旨い。味わいは結構本物に近いような気がしている。
個人的な楽しみ。
だがカマンベールと白カビサラミ、これらは確かに共に旨いのだが、カマンベールの味わいが、サラミの繊細さをかき消してしまうように思える。これらは別々に食べる方が恐らく良い。サラミというのは、多くの人が思っているであろう以上に繊細な味わいを呈するのだ。他にはない旨さがそこにはある。
ビールに旨い肴があって、あとは音楽が足りない。
最近は専ら、心地よいサウンドに関しては、サウンドクラウドの音楽に頼ってしまっている。
クラウドという技術は、全世界をつなげながらしかし同時に――個人的な領域を無限に拡大した。
こんな音楽を聴いている。
これは個人的に、旅愁のようなシミがついてしまった音楽で、というのもドイツでも、東京でも、札幌でも、インターネットに繋げさえすればいつでもこれを聴けるからで、
僕はクラウドが文字通り雲のように、常に僕の頭上にあるような錯覚をついに感じている。
ドイツのあの部屋から新橋のホテル、札幌のアイ・カフェ、そして自室、君と一緒に入ったホテルLet'sと、僕はどこからでもこのアドレスにアクセスした。
そこは不思議なライブハウスのようなものだ。個人がそれぞれ顔を合わせないままそこに入れて、時折誰かがコメントを投げる、そして僕らは音もなくそれらを読むことができる。だが誰も彼も、顔を合わせることはない。そこに誰かがいるのかも分からない。僕らは不特定のオーディエンスで、アメリカの公園からパリの通り、日本のネットカフェ、それぞれが思い思いの場所から"聞き耳を立てている"。誰がどこに居ようかは関係ない。もはや国境はただの、地図上の線と化すのだ。
そういえば前に、札幌のアイ・カフェに1人で入ったとき、無駄な文章を綴ったのでそれを公開しようと思う。
「今はインターネットカフェでこれを書いている。ここはこれまで何度も訪れているが、
一人で利用するのは意外にも――意外ではないかもしれないが――これが初めてだ。普段
はラップトップばかりいじっているせいか、それともこの空間の静かさのせいか知らない
が、自分のタイピングの音がやけに気になる。周りからタイピングの音が聞こえないのは、単に多くの人がこの PC でタイプしていないからなのか、それとも自分が思うほど外に音が漏れないからなのかも分からない。だが自分のタイピング音はそこまで大きくはないはずだ。少なくとも、エンターキーをぶっ叩くようなことはしていない。
この WPS というワードプロセッサは、どうやら中国の企業の製品のようだ。確かにフロ
ア中全ての端末に、マイクロソフトの正規のライセンスを取得してオフィスを導入すると
いうのは費用がかさむのかもしれない。だがこのソフト、WPS writer というワープロの UI
はさすがかなりマイクロソフトの Word を忠実に模しているように見える。あまりいじりま
わしてはいないものの、普通に操作していて違和感は全くない。「パクり」製品であることを気に病むだけ無駄な話だろう。
自分のタイピングが止むと、ここに俄かに静寂が戻るような気がする。いや、これもま
た気に病むだけ無駄な話だろうか。
ともかく僕はこのインターネットカフェでこのようなかなりどうでもいい文章をものし
ている。ドリンクバーのコーヒーはドトールだのに特段引けをとらない美味しさで、いつ
も通りのハイライトを吸い、自分の煙がブースから天井へと覚束ない足取りで舞っていく
のを眺めていた。一人で来るのが初めてなものだから、僕はここで利用可能な flier という
ビジネス書の要約サービスを開いてみたり、こうしてワープロを開いてみたりと、初めて
に相応しいといえる子供のような純真な好奇心をこのパソコンに向けている。だが書架に
詰まった膨大な漫画に手を出すつもりはない。僕は決して暇を潰すためにここに来たので
はない。僕はただ勉強をするために来たのだ。PC はあってもなくても良かった。
なぜこんなものを書いているかというと、上記のような単純な好奇心のため、それとふ
と文章を書きたいという欲求があったため、そして頭痛薬が効くのを待っているためだ。
昨日からか今朝からか判然としないのだが、僕は原因不明の頭痛を脳内に飼っていて、僕
はこの頭痛を家から連れてきてしまった。大概の頭痛は煙草一本で簡単に去っていくのだ
が、この小さなしかし厄介な連れは、今回ばかりはそうとも行かせてくれないらしい。僕
は文字通り頭を抱えるような心地で、ここに来る道すがらコクミン薬局だかでいつもの頭
痛薬――イブ A 錠、二十四錠入り――を手早くキャッシュレス決済し――あそこではどう
やらたった六百円ほどをカード払いするにもサインが要るらしい――、この小ぢんまりと
したブースに入ってハイライトに火を点けるや否やコーヒーで流し込んだ。用法容量を遵
守して二錠。足りなければ後で足せばいい。
脳それ自体は痛みを感じないというのは知っているが、この頭痛はまるで脳のど真ん中、延髄あたりからローランド溝を縦に貫く鉄柱が埋め込まれているような感覚だ。そうであれば小脳は完全に破壊されているかもしれない。そしてともすれば視床も?僕は脳の構造には疎いが、最近読んでいた本のせいで、自分の脳がどのような構造になっているのかをこの歳にして初めて知った。僕の小脳が実際には恐らく破壊されていないといえるのは、まさにこうしたタイピングを造作もなくこなせているからだ。小脳が無くても人間は正常な意識を持ち生活できるらしい。だが、それなくしては日常の”無意識の”動作が極めて困難になる。僕はぼうっとしながら画面を眺め、キーをタイプする手元をまず見ることがないが、小脳が僕に暇を告げた日にはこうした動作を諦めることを強いられるだろう。僕は自分が指先でちまちまと押しているキーボードの配置を殆ど覚えていない。知っているのは、これが QWERTY キーボードであるということだけだ。にもかかわらず、僕の指はキーを完璧に正確にとらえ、ミスタイプはまず起こrんあい。おっと失礼。
下らないモノローグで時間を浪費するのも自分の趣味といえば趣味だが、そろそろ自分
の課題に戻らなくてはならない。僕は遠回りをする癖がある。そのくせ到着時刻はいつも
ギリギリだ。いや、ギリギリでも間に合えばいい方。僕は自分で自分の人生を厄介なもの
にしている。僕の歩く道は極めて平坦であるにもかかわらず、僕は自分の怠惰な性のせい
でいつもそこを走らなければいけなくて、そのせいで無駄に労力を消費している。この性
分を改善できればもっと生きやすくなるだろうにと思うのだが、人間はそんなに頑張れれ
ば苦労しない。だがこれを改善する労力と、改善しないことで失われる機会費用的な損失
とを天秤にかければ、結果はどうなるだろうとは思う。
頭痛は止まない。何がいけなかったのか?カフェインが僕の神経を興奮させている?そ
れとも画面を眺める行為が眼精疲労へと向かわせている?メンソールの煙草を吸えば少し
かよくなるだろうか。あるいはイブを追加するべきだろうか。
ともかく今回は、頭に巣食う手の焼けるペットが僕に懐いて仕方ないようなので、僕は
彼をなるべく宥めながら作業に取り掛かる他ないようだ。僕はこれからこの文章ファイル
を G-Mail で自分のアドレスに送信しようと思う。だがよく考えれば、このソフトは本家
Word と互換性があるのだろうか。僕のパソコンに送ったところで、これを開けるという保
証はないではないか。仕方ない。この文章をすべて、「メモ帳」にペーストしてテキストファイルとして送っておこう。
そして送ってみたのはいいのだが、念のため確認したところ文字化けしている。文字コ
ードのせいだろう。直すのも面倒なので、PDF で送ってしまうのが賢明かもしれない。そ
うしてみることにした。」
結局この、無駄な文章はわざわざPDF出力され、G-Mailというクラウドメールへと送られた。だからこうして僕の手元にいつでも呼び出せる。
クラウドに支配される世界はディストピアだろうか?いや、現段階ではむしろユートピアだ。クラウドが個人を識別する情報を完全に掌握することを要求し、かつそれがあらゆる支払いを掌握したとき、世界は確かに良くも悪くも変わるかもしれない。あるいは、マイナンバーとキャッシュレスが手を結び、その情報を政府が完全に掌握したとしたら?見えない誰か、『1984』のビッグブラザーが僕らを支配する日はそう遠くないかもしれない、などと訳知り顔で言ってみるのは、現代では強ち的外れじゃないかもしれない。
ネットカフェの個室から全世界へつながるインターネットへと接続し、ブルートゥース・イヤホンでサウンドクラウドの音楽を聴いて初めて、僕は個人主義の行く末を身を以て感じた。テクノロジーは確実に社会を最小単位へと――つまり個人へと――分割する力を持っている。誰かがこんなことを言っていた。統合と分断とが同時に起こると。それは今まさに起こっていることではないか。
現代は出口の見えない時代だ。どんな権威であっても、その言葉を鵜呑みにしない方が良い。これはこれからの時代を生きるための警告だ(言わずもがな、つまりこの警告も…)。誰かが占った未来が、そのまま訪れるとは限らない。未来を自分で考え、自分の生き方を自分で作っていく力が必要だ。
現代が混乱しているのは、過去の因習と、それから不確実な未来に対する恐れのせいだ。誰も正しい答えが分かっていない。
嫌な時代かもしれないが、恐らく正しいのはそれだけだ。
だが自分が最近読んでいた数々の本の中に答えが埋もれている気がしてならない。
われわれができるのは、学ぶことだけだ。学習能力においてAIより劣っていても、われわれはAIとは根本的に異なることができ、少なくとも現段階でAIには決して真似できないことができる。AIが"学ぶ"のとわれわれが"学ぶ"のは必ずしも同じではない。現段階でAIを過剰に恐れる必要はないだろう。
現代という時代を恐れてはいけない。
"恐れ"といえばあの言葉が頭に浮かぶ。
交通事故で死ぬのは犬よりも猫が多い、というのは、猫は危険を感じると目を閉じて(固まって?)しまうからだ、と。
生きているのであれば、われわれは目を開けていなければならない。
危険を前にして思考停止に陥ることこそが最大の危険だ。
バイトから帰って、サラミを切るのが自分の楽しみであることは前にも書いたけれど、今日はそれに加えてもう一つ、"ゲスト"がいる。
カマンベールチーズだ。丸い、ホールのカマンベールチーズを散歩のおつかいのついでに買ってきた。頼まれていたわけでは全くない。お菓子を買い物カゴにこっそり忍ばせる子供のように、僕は「広告の品」と銘打たれたその品――雪印北海道100カマンベールチーズーーを徐に手に取り、カゴに追加していた。
サラミとカマンベールチーズを適当に切り、皿に盛る。
ただ"切る"だけで、出来すぎたプレートが完成した。
もっと洒落た皿が欲しいな、なんて思ってしまうような、個人的には満足のいく一皿だ。
画像のチーズをよく見て頂ければ、あるいはよく見なくとも分かるかもしれないが、写真を撮った時点で既にチーズを一口齧ってしまっている。チーズを切った時点で、久しぶりにカマンベールを味わいたくてついうっかり。『トムとジェリー』のジェリーのように悪気もなく。
ビールが発泡酒ではなく、本物のビールであったらもっと良かったのだが、生憎本物を切らしている。いずれにせよクリアアサヒは旨い。味わいは結構本物に近いような気がしている。
個人的な楽しみ。
だがカマンベールと白カビサラミ、これらは確かに共に旨いのだが、カマンベールの味わいが、サラミの繊細さをかき消してしまうように思える。これらは別々に食べる方が恐らく良い。サラミというのは、多くの人が思っているであろう以上に繊細な味わいを呈するのだ。他にはない旨さがそこにはある。
ビールに旨い肴があって、あとは音楽が足りない。
最近は専ら、心地よいサウンドに関しては、サウンドクラウドの音楽に頼ってしまっている。
クラウドという技術は、全世界をつなげながらしかし同時に――個人的な領域を無限に拡大した。
こんな音楽を聴いている。
これは個人的に、旅愁のようなシミがついてしまった音楽で、というのもドイツでも、東京でも、札幌でも、インターネットに繋げさえすればいつでもこれを聴けるからで、
僕はクラウドが文字通り雲のように、常に僕の頭上にあるような錯覚をついに感じている。
ドイツのあの部屋から新橋のホテル、札幌のアイ・カフェ、そして自室、君と一緒に入ったホテルLet'sと、僕はどこからでもこのアドレスにアクセスした。
そこは不思議なライブハウスのようなものだ。個人がそれぞれ顔を合わせないままそこに入れて、時折誰かがコメントを投げる、そして僕らは音もなくそれらを読むことができる。だが誰も彼も、顔を合わせることはない。そこに誰かがいるのかも分からない。僕らは不特定のオーディエンスで、アメリカの公園からパリの通り、日本のネットカフェ、それぞれが思い思いの場所から"聞き耳を立てている"。誰がどこに居ようかは関係ない。もはや国境はただの、地図上の線と化すのだ。
そういえば前に、札幌のアイ・カフェに1人で入ったとき、無駄な文章を綴ったのでそれを公開しようと思う。
「今はインターネットカフェでこれを書いている。ここはこれまで何度も訪れているが、
一人で利用するのは意外にも――意外ではないかもしれないが――これが初めてだ。普段
はラップトップばかりいじっているせいか、それともこの空間の静かさのせいか知らない
が、自分のタイピングの音がやけに気になる。周りからタイピングの音が聞こえないのは、単に多くの人がこの PC でタイプしていないからなのか、それとも自分が思うほど外に音が漏れないからなのかも分からない。だが自分のタイピング音はそこまで大きくはないはずだ。少なくとも、エンターキーをぶっ叩くようなことはしていない。
この WPS というワードプロセッサは、どうやら中国の企業の製品のようだ。確かにフロ
ア中全ての端末に、マイクロソフトの正規のライセンスを取得してオフィスを導入すると
いうのは費用がかさむのかもしれない。だがこのソフト、WPS writer というワープロの UI
はさすがかなりマイクロソフトの Word を忠実に模しているように見える。あまりいじりま
わしてはいないものの、普通に操作していて違和感は全くない。「パクり」製品であることを気に病むだけ無駄な話だろう。
自分のタイピングが止むと、ここに俄かに静寂が戻るような気がする。いや、これもま
た気に病むだけ無駄な話だろうか。
ともかく僕はこのインターネットカフェでこのようなかなりどうでもいい文章をものし
ている。ドリンクバーのコーヒーはドトールだのに特段引けをとらない美味しさで、いつ
も通りのハイライトを吸い、自分の煙がブースから天井へと覚束ない足取りで舞っていく
のを眺めていた。一人で来るのが初めてなものだから、僕はここで利用可能な flier という
ビジネス書の要約サービスを開いてみたり、こうしてワープロを開いてみたりと、初めて
に相応しいといえる子供のような純真な好奇心をこのパソコンに向けている。だが書架に
詰まった膨大な漫画に手を出すつもりはない。僕は決して暇を潰すためにここに来たので
はない。僕はただ勉強をするために来たのだ。PC はあってもなくても良かった。
なぜこんなものを書いているかというと、上記のような単純な好奇心のため、それとふ
と文章を書きたいという欲求があったため、そして頭痛薬が効くのを待っているためだ。
昨日からか今朝からか判然としないのだが、僕は原因不明の頭痛を脳内に飼っていて、僕
はこの頭痛を家から連れてきてしまった。大概の頭痛は煙草一本で簡単に去っていくのだ
が、この小さなしかし厄介な連れは、今回ばかりはそうとも行かせてくれないらしい。僕
は文字通り頭を抱えるような心地で、ここに来る道すがらコクミン薬局だかでいつもの頭
痛薬――イブ A 錠、二十四錠入り――を手早くキャッシュレス決済し――あそこではどう
やらたった六百円ほどをカード払いするにもサインが要るらしい――、この小ぢんまりと
したブースに入ってハイライトに火を点けるや否やコーヒーで流し込んだ。用法容量を遵
守して二錠。足りなければ後で足せばいい。
脳それ自体は痛みを感じないというのは知っているが、この頭痛はまるで脳のど真ん中、延髄あたりからローランド溝を縦に貫く鉄柱が埋め込まれているような感覚だ。そうであれば小脳は完全に破壊されているかもしれない。そしてともすれば視床も?僕は脳の構造には疎いが、最近読んでいた本のせいで、自分の脳がどのような構造になっているのかをこの歳にして初めて知った。僕の小脳が実際には恐らく破壊されていないといえるのは、まさにこうしたタイピングを造作もなくこなせているからだ。小脳が無くても人間は正常な意識を持ち生活できるらしい。だが、それなくしては日常の”無意識の”動作が極めて困難になる。僕はぼうっとしながら画面を眺め、キーをタイプする手元をまず見ることがないが、小脳が僕に暇を告げた日にはこうした動作を諦めることを強いられるだろう。僕は自分が指先でちまちまと押しているキーボードの配置を殆ど覚えていない。知っているのは、これが QWERTY キーボードであるということだけだ。にもかかわらず、僕の指はキーを完璧に正確にとらえ、ミスタイプはまず起こrんあい。おっと失礼。
下らないモノローグで時間を浪費するのも自分の趣味といえば趣味だが、そろそろ自分
の課題に戻らなくてはならない。僕は遠回りをする癖がある。そのくせ到着時刻はいつも
ギリギリだ。いや、ギリギリでも間に合えばいい方。僕は自分で自分の人生を厄介なもの
にしている。僕の歩く道は極めて平坦であるにもかかわらず、僕は自分の怠惰な性のせい
でいつもそこを走らなければいけなくて、そのせいで無駄に労力を消費している。この性
分を改善できればもっと生きやすくなるだろうにと思うのだが、人間はそんなに頑張れれ
ば苦労しない。だがこれを改善する労力と、改善しないことで失われる機会費用的な損失
とを天秤にかければ、結果はどうなるだろうとは思う。
頭痛は止まない。何がいけなかったのか?カフェインが僕の神経を興奮させている?そ
れとも画面を眺める行為が眼精疲労へと向かわせている?メンソールの煙草を吸えば少し
かよくなるだろうか。あるいはイブを追加するべきだろうか。
ともかく今回は、頭に巣食う手の焼けるペットが僕に懐いて仕方ないようなので、僕は
彼をなるべく宥めながら作業に取り掛かる他ないようだ。僕はこれからこの文章ファイル
を G-Mail で自分のアドレスに送信しようと思う。だがよく考えれば、このソフトは本家
Word と互換性があるのだろうか。僕のパソコンに送ったところで、これを開けるという保
証はないではないか。仕方ない。この文章をすべて、「メモ帳」にペーストしてテキストファイルとして送っておこう。
そして送ってみたのはいいのだが、念のため確認したところ文字化けしている。文字コ
ードのせいだろう。直すのも面倒なので、PDF で送ってしまうのが賢明かもしれない。そ
うしてみることにした。」
結局この、無駄な文章はわざわざPDF出力され、G-Mailというクラウドメールへと送られた。だからこうして僕の手元にいつでも呼び出せる。
クラウドに支配される世界はディストピアだろうか?いや、現段階ではむしろユートピアだ。クラウドが個人を識別する情報を完全に掌握することを要求し、かつそれがあらゆる支払いを掌握したとき、世界は確かに良くも悪くも変わるかもしれない。あるいは、マイナンバーとキャッシュレスが手を結び、その情報を政府が完全に掌握したとしたら?見えない誰か、『1984』のビッグブラザーが僕らを支配する日はそう遠くないかもしれない、などと訳知り顔で言ってみるのは、現代では強ち的外れじゃないかもしれない。
ネットカフェの個室から全世界へつながるインターネットへと接続し、ブルートゥース・イヤホンでサウンドクラウドの音楽を聴いて初めて、僕は個人主義の行く末を身を以て感じた。テクノロジーは確実に社会を最小単位へと――つまり個人へと――分割する力を持っている。誰かがこんなことを言っていた。統合と分断とが同時に起こると。それは今まさに起こっていることではないか。
現代は出口の見えない時代だ。どんな権威であっても、その言葉を鵜呑みにしない方が良い。これはこれからの時代を生きるための警告だ(言わずもがな、つまりこの警告も…)。誰かが占った未来が、そのまま訪れるとは限らない。未来を自分で考え、自分の生き方を自分で作っていく力が必要だ。
現代が混乱しているのは、過去の因習と、それから不確実な未来に対する恐れのせいだ。誰も正しい答えが分かっていない。
嫌な時代かもしれないが、恐らく正しいのはそれだけだ。
だが自分が最近読んでいた数々の本の中に答えが埋もれている気がしてならない。
われわれができるのは、学ぶことだけだ。学習能力においてAIより劣っていても、われわれはAIとは根本的に異なることができ、少なくとも現段階でAIには決して真似できないことができる。AIが"学ぶ"のとわれわれが"学ぶ"のは必ずしも同じではない。現段階でAIを過剰に恐れる必要はないだろう。
現代という時代を恐れてはいけない。
"恐れ"といえばあの言葉が頭に浮かぶ。
交通事故で死ぬのは犬よりも猫が多い、というのは、猫は危険を感じると目を閉じて(固まって?)しまうからだ、と。
生きているのであれば、われわれは目を開けていなければならない。
危険を前にして思考停止に陥ることこそが最大の危険だ。
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