2018年3月17日土曜日

naive

貴重な時間をたっぷりと寝て過ごし毎日のように後悔し馬鹿みたいに無駄に穀を潰し
教科書を開くでもなくラップトップを開きYouTubeでくだらないゲーム実況やら観て
日が暮れればシャワーを浴びてパチンコ屋の残り香の染み付く体を洗い
こんな自分には大層贅沢なリーバイス501に足を通し椅子に座りぼうっとする
自分はなんて馬鹿なんだろうって毎日ループする思考
凝り固まる部屋の空気の中で息を潜める腐ったような自分

ステイサムのハミングバードを久しぶりに観返した今日
別に元気づくような映画じゃないが自分もどうにか自分に鞭打って頑張ろうと思いつつ
ラップトップを閉じてリハビリのように刑事訴訟法の問題を取り出し六法を開く
重要なことは思ったより忘れていなかったことに安堵、
生きながらにして死ぬような休息は体も心も蝕む
頭がはっきりしている内は何かから逃げられない

情けない自分を馬鹿にするだけで認められないのは
自分にどうしても自信を今、持つことができないのは
自分で飯を食っていけないから
できることなら今すぐにでも最低限、自分で生活するだけの収入が欲しい
自分が養われている、扶養されているに過ぎないということがここまでも恥ずかしく
ここまでも苦しいことだと感じたことは無かった
でも不可能なんだ、少なくとも相当苦しい、
自分の生活費、学費をすべてバイトで賄うのはかなり難しい
働くことに時間を取られ勉強さえ十分にする時間がなくなる
大学に入った時は親の脛を齧ってでもこの期間に学ぶべきことがある、と勝手に割り切っていたものの
プライドは微塵に砕かれ、自分が情けなく見える
今やそういう現状に潰され、
このまま勉強していてもこれでは足りない、それにこれがどういう形で報われるのかも分からない、
更に自分が将来ちゃんと働いて一人前になれている自信もない
月15万のペイでさえ今の自分が働いて生み出せる額とは思えない
もっと言えば今貰っている月4万程度でさえ、この自分が受け取るには多すぎる気さえする
自分が生み出せる価値なんて精々2,3台の自動販売機の釣銭口を漁って手に入る額じゃないかとまで思う
自分は所詮養われている、という感覚が重すぎて家にいるのも肩身が狭い、
そして問題はそれに尽きず
やはり親との折り合いの悪さ、
単純に自分がひねくれただけなのかどうしても
一緒に居て同じものを楽しむことが苦しくて
今に始まったことではないが肩身が狭いとこれは余計重く感じて
親が嫌いだ、なんて中学生みたいなことは馬鹿みたいなことは言いたくない
でもどうしても好きになれない、確かに自分をここまで育ててくれたのは分かってる、
自分を大学に行かせるために働いてくれてるのも分かってる
自分のためにしてくれているすべてのことをちゃんと分かってるし気持ちも伝わってる
だから感謝はしている
理屈の上では自分でも説明できない、ここまで書けるなら自分は親に変な感情は抱かないはずで
何が間違いだったのだろう、自分はどこで間違えたんだろう
今自分が見ているものと親が見ているものは違って、
自分が感じていることと親が感じていることも違う
何に対しても自らの感情を第一にして物を言う母親が子供にしか見えなくて
自らが正しいと信じて人の話を聞かない姿にも懲り懲りで
小さい頃自分の中で大きかった母親の姿はもう自分の目には映らない
小さい頃は自分に向かってた母からの怒号がいつからか父親への罵声に変わり
そんなのを聞くのも懲り懲りで
中学、高校の頃は部屋でそれに耐えてて自分に向けられているでもない大声が不快でたまらず怒りを我慢して、いつか耐えかねる寸前で涙が浮かんだ日もあった
それがもし普通の夫婦の姿なのだったとしたら自分があまりに弱すぎただけ、これもまた情けない話
そうやっていつからか距離を置くようになって
人の感情が爆発する瞬間がトラウマのように脳裏をめぐるから自分は自分の感情を殺してでもなるべく平和を保ちたいし人を傷つけたくない
事なかれ主義、人畜無害
だけど自分のこういう話なんて本当によくある話で自分が特別だと思ったことは本当に一度もない
自分は恵まれてる方だというのはよく分かってる
だから結局は自分がこういうのに耐えられなかっただけ、
結局自分が弱くて情けないせいで親を素直に見られなくて今なおそういう親に養われている自分が嫌で仕方ないっていうゴミみたいな話
全ての子供がそう、親だとか誰かに養われないと生きていけない憐れな存在、惨めで憐れで汚くて情けない存在
そう考えると一体どうすれば子供のプライドが守られるのか
プライドなんて高尚なものを持つには自分を養えるようになってから?
でもそれじゃ遅すぎる、そんな肩身の狭い身分でも粋がって強がって成長した人間が社会に出て上手くやって活躍するに違いない
でも逆に言えばそこから粋がりも強がりも抜いた残滓は結局社会に芽を出すことはできず腐って枯れていく
明日は我が身かと思えば冷や汗が出る、今から自分は強がってでも勉強して将来自分と大事な本当に大事なミちゃんを養えるようにしなければいけない
そしてこの家を抜け出さなければいけない
根に持ってるわけじゃないがこの間の自分の誕生日のことを忘れてはいない
でも不思議なもので具体的な記憶というものは薄れる
残るのは不快で錆びた鉄のように冷たい嫌悪感

他人が聞いたら笑うような話だと思う
よくある一般家庭
自分が弱くて曲がっただけ
人の顔色窺うビビリな間抜け
余計に良い子ぶって大人を騙して評価を得ただけの上っ面だけの能無し
そのすべてのツケが今
この歳になって厄介なものとして回ってきて
反抗こそする気は全くない、というかこの身分で親に反抗なんて何様のつもりだとさえ思うが、季節外れの反抗期みたいな複雑な感情

それでも夜は更けるし朝は来る
明日というか今日のディナーを楽しみにし来月の写真撮影を予約する母親の姿が悲しい
非情になれない自分の弱さ
まあこの身分で親に対して非情になるだなんて何様の…という感じ
でも弱さを貫くくらいの強さは自分にはまだあるはずだから頑張ってこようと思う


今回はこんな内容で申し訳ない
何よりこれを読まれるのが恥ずかしい
ダサいけどこれがチの頭の中なんだ

ごめんよ



2018年3月9日金曜日

2018年3月5日月曜日

💌

なんとなくお手紙を書いてみました。
これもいつものブログということで、なんというか、同じ感じでお手紙を書かなきゃと思わなくていいんだからね!
みえるかな?💦
チのいつもかわいいらぶみみちゃん…


2018年3月2日金曜日

ショボ(´・ω・`)ーン

夜の12時に寝て
午後3時前に起きて
ごはんたべて
雪かきして
シャワー浴びたら
もう夜になってた

なにこれ(´・ω・`)

2018年2月25日日曜日

empty

書くことはたくさんあるような気がしているのですが、
何も書けないのです。

ぐちゃぐちゃのベッドに横たわって、
閉め切ったカーテンの隙間から暖かい日差しが入ってきて、
グノシエンヌ第5番が流れている。

チの日常というのは、
大体そういうものなのです。

2018年2月17日土曜日

🐤✖

自分というものがすごく小さく感じて
ダメに感じる
自分は幼くて
自分でちゃんと金を稼がないと
この家にいるのがとても、肩身が狭くて
押し潰されそうになる
今は勉強しないといけないから
バイトばかりしてる暇もないし
でもだからといって
そう言い切れるだけの努力をしているとも言えず
でも時間はなくて
実質的な勉強時間はあともう1年しかなくて
それで将来を決めないといけなくて
結果が欲しい
自分が生きることを許されているということを証明するための結果…
肩身の狭い思いをせずに生きていたい
仮に生きているなら、の話だけれど
大学なんて行かない人生でも良かったのかもしれない
俺に比べれば中卒で土方やってるような奴の方がよほど立派に見える
俺は何でも中途半端で
親の脛かじって、
もっとするべき努力も中途半端にして
本当に到達できるかすらわからない結果を追ってる、ろくでなしで
その癖世の中を知ったような顔をして、家の中で腐ってる
本当は何も知らないのは分かってる
世の中の人間の多くは自分より恵まれてない環境に居ることも分かってる
俺は得るべきものを得てきたはずで
みんなが望むような環境は俺には整えられてたはずだった
だけど俺がどこかで失敗した
もう遡ってもわからないくらい何年も何年も前に自分が曲がった
自分だって曲がりたかったわけじゃないけれど
何かが俺をこういう人間にしてから俺は腐り始めた
そうじゃなければ俺は満足してるはず
自分の何が問題だったのかを考えることなんてなかったはず
俺の周りの色んなものは間違ってなんかいなかった
俺以外のすべては常に正しかった
それはきっと今もそうで
俺だけが間違えた
何が原因なのかはわからない
けれど自分がダメなのは確か
胸を張って外を歩きたい、
それが叶うのがいつになるか先は見えない
すべてを中途半端にしてきた罰がこれだとしたら
まあこれは当たり前のこと
受けるのは当然
刑の減軽事由なし、
情状酌量の余地なし…
他のみんなが犯して来た罪は
俺より重かろうと軽かろうと
刑の減免事由あり、
それは仕方のないことだった
世の中は「仕方ない」で動いてる
どんな犯罪者もその犯罪を犯さずにはいられなかったからそれを犯しただけだ
というよりもむしろ、
犯罪が犯罪であるのは法律があるからに他ならないのであって
法律がなければ犯罪はない
犯罪を無くす最大の方法はすべての法律を無くすことだと言える
法律さえなければ犯罪者は犯罪者じゃなくなる
でもその後残るのはそうじゃない人たち
法律に定められていない罪を犯した人たち
正義やら倫理やらは犯罪を規定する
人を殺してはいけないのはなぜかということを説明するのは難しい
なぜ人を殴ってはいけないか
なぜ死体を遺棄してはいけないか?
生きた人を遺棄するのと死んだ人を遺棄するのは両方刑法上の犯罪だが
意味が違うのはなぜか?
本当に論理的に説明できる人なんていないだろう
刑法典なんて妥協の産物だろう
国民の間で「上手く説明できないけれどこれは悪い」とされていることをかき集めて
そのなかで国民の多くが「これは悪いことだ」と思っていること、
そうしたコンセンサスが形成されていることを民主主義の大義名分のもとで
最低限これらは悪いことだから処罰の対象とする、
だってみんなの多くはこれを悪いことだと思っているんだから文句ないでしょ、と
俺は刑法典などその程度のものだと思っている
民主主義とは大層ご立派なものだから
民主主義の要請なんて言われるものに歯向かうなんて
「馬鹿」のレッテルを張られて終わり
民主主義を掲げる過度なパターナリズムはいらない
大麻の栽培とそこからの収穫だけJTが管理して
大麻製品の製造業者を簡単な届出方式にして
所持・使用に年齢制限を設けて合法化すればいい
大麻を合法化して困るのは暴力団くらいじゃないのか
大麻やら覚せい剤やらを取り締まる法律で結局守られてるのは国民よりも反社会的勢力なんじゃないのか
だってやりたい人間はそれが違法でもそれがハスラーの資金になることを知ってても売人に高い金を払ってそれをやるし逆にそれがやりたくない人間は例えそれが合法だとしてもやらないんだよ
…
なんて偉そうなことを垂れ流しながら
自分にはこんなこと言う資格はないって思って
またベッドに沈んで、くまさん🐻抱いて
朝が過ぎて昼頃、寝過ごしたと思って起きて
なんていう馬鹿みたいな一日を過ごして
その癖将来を心配して
こうやって間抜けな醜態を晒して
自分が本当に幼くて、でもなかなか現状は変えられなくて
どう足掻いてもこのまま頑張って勉強する以外にまともな道はなくて
色々考えた結果出る言葉は
「まあやるしかないか」以外なくて
思い上がった自分の愚かさと
今もっとやらなきゃいけないはずのことに100%頑張れていない自分の愚かさで
自分を馬鹿にしながら、
自分を笑い者にしながら
とりあえずまたベッドに入る

どうせなら世界がすべて滅べばいいのに、なんてみんな考えたことがあると思う
すべて平等に無くなるなら、
今こうしてみんな不平等に生き永らえてるよりもはるかに平等だから
すべての人間が1人残らず滅んだ後に流れている音楽は
やはり好きだからだろうか、サティだと思う
ジムノペディでもグノシエンヌでもいい
明るい曲もそれはそれでシニカルに響くだろう
なんてね
そんな世界で音楽なんて、流れてるわけ無いけれど
ミちゃんがくれたあのロジェのアルバムを、好きな曲を流したほかに、
最初から最後まで何周かした
やっぱり素敵だった

サティについてさえ俺は全く批評など畏れ多くてできないけれど
例えばグノシエンヌの5番みたいに、陰鬱とした中に突然明るい曲が入ると
なんだか病的なものを感じる
ジムノペディの後に聴くJe te veuxも同じような感じと言えるだろうか
躁鬱病患者の胸中って似たようなものがあるんじゃないだろうか
今でいう双極性障害か
完全な躁状態ではないが、どこか躁が入ってるような感じ
なんとなくだけれど、
とても分かる気がするんだ
グノシエンヌ第5番は単体で聴いても素敵だけれど
1番から通して聴いて6番まで聴くと
そういう世界観を味わえる
これは冬がいい
晴れた冬に、暖房を焚いた部屋で…

なんて

長々とブログを書いちゃったりする自分が居る