『Paper Moon』1973年パラマウント、アメリカ
舞台は1930年代アメリカ中西部。
29年の大恐慌の後、不景気の中でフランクリン・D・ルーズベルトが大統領を務めていた時代。
単純に映画として面白い。ストーリーも分かりやすく、比較的万人受けしやすいタイプの映画だと思う。
以下、気になったところなど。ネタバレになるので全体には触れない。
新聞のお悔やみ欄を見て故人と喪主(その妻)の名前をチェックしてモーゼはその家を訪れ、カンザス聖書協会を騙りご主人はいらっしゃいますかと尋ねる。
主人は先週亡くなりました、と妻が答えるとモーゼはご主人が生前名入りの聖書を注文されたのですが、と言いかつ前金を貰っていると言う。
モーゼがその聖書を見せるとそこにはその妻の名前が。あらこれは私の名前だわ、あの人がこんなことをしてくれていたなんて、と言い代金を払って聖書を買う。これがモーゼの聖書ビジネスだ。
聖書の価格は高すぎてはいけない。例えば聖書は8ドルだが前金を1ドル頂いているので7ドルで結構です、というように僅かにディスカウントしている。モーゼの台詞によれば一冊5ドルが相場らしいが、アディはモーゼの傍らで家の内装や夫人の身に付ける装飾品などから判断して聖書の価格を大きく変えて提案し最高24ドルで売っている(モーゼは価格を決めるのは俺だ、と言っているのだが)。アディは9歳ながら卓越した策士であった。
なおこの時代のドルを現在の日本円に換算すると1ドル5000円前後(±300円くらいで大きく変動していた?)であるらしく、決して安い買い物ではない。
『反知性主義-アメリカが生んだ「熱病」の正体』(森本あんり、新潮社、2015)では「コンマン (=confidence man)」の文脈で紹介されている(同書p89など)。同書によればコンマンとは「他人の信頼を逆手にとって偽物を売りつける連中」のことである(同書p89)。
なお本作のモーゼは映画を観る限り決して信仰熱心ではなくあくまでビジネスとしてこれを業としており、信仰復興のため自らの信仰に基づいて聖書を売り捌くという人物ではなさそうである。(また聖書自体はおそらく本物である。)
<雑記>
パッケージでは劇中にも登場する紙製の月に彼らが腰掛けている。
9歳のアディは煙草を片手に、ラジオを抱えている。
本作のタイトルは1935年の流行歌「It's Only a Paper Moon」(1933年出版)にちなんで付けたらしい。この曲は後にジャズスタンダードの一つとなっているが、もしやと思いiPodに入っているDjango Reinhardtのアルバム「Djangology」を確認したところ、リイシューのボーナストラックとして同曲が入っていた(YouTube)。少し調べたところ、「It's Only a Paper Moon」は現在ではナット・キング・コールによるものが有名なのかもしれない(YouTube)。なお奇しくも本日2月15日はナット・キング・コールの命日である。軽妙なメロディラインが心地良い。ここで歌詞の一部を見てみよう:
Say, it's only a paper moon
Sailing over a cardboard sea
But it wouldn't be make-believe
If you believed in me
Yes, it's only a canvas sky
Hanging over a muslin tree
But it wouldn't be make-believe
If you believed in me
「ボール紙の上に浮かぶ紙の月でも
私を信じていれば本物のお月様
作り物の木と絵に描いた空でも
私を信じてくれたら本物になる」(訳詞は本作日本語字幕より引用)
映画の幕開けはここから始まるが、この詞の解釈はキリスト教信仰に沿って考えると、
カトリック教会の「全実体変化」という考え方を彷彿とさせる(そのキーワードで検索すると色々と出てくる)。パンはイエスの身体でワインはイエスの血、という話を聞いたことがあるかもしれないが、大雑把に言うと司祭が祈りをささげることでその瞬間に普通のパンやワインがそうした聖体や聖杯に変わるというものだ。
しかしプロテスタントはそうした考え方を批判しており、採用していない。アメリカが伝統的にプロテスタントの国であることは基本ながら注意しなくてはならない。
大恐慌後という時代に人々が「人々は甘く、癒しの音楽を望む傾向になった」(Wikipediaから引用(「スウィング・ジャズ」の項))ように、不況に喘ぐ中で精神的支柱が求められたと考えれば、そうしたキリスト教的に解釈可能な歌詞が大衆にヒットしたのはそう不思議ではない。「歌は世につれ世は歌につれ」と言うが、それは強ち嘘ではないようにも思える。
本作は1973年の映画だが、これがその年にできたことに関してはまた後日、何かアイデアがまとまれば考察してみたい。
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